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東洋ピアノの歴史 Part3

2014年1月21日

当時のピアノ生産の材料は、塗料に漆を使い、サンドペーパーの代用で栗の葉を使い、接着剤に膠(にかわ)を使用していて、材木は丸太から製材をし、何年も天然乾燥をして本当に長い期間と工程をかけて製造をしていました。
工場では、生粋の木工職人や塗装職人達が経験と勘で正に手作りのピアノを作っていた訳です。

先日、イタリアのバイオリンの名器の秘密を探る番組の中で、バイオリンの共鳴板の上に砂を撒いた後、実際に音を出して出来る模様でその共鳴板の音の響きの良さを見極める作業をしていたのですが、驚く事に東洋ピアノでも同様の事をやって、どんな模様が出来る時が一番良く鳴る響板になるかを、何枚も色々な厚さの響板を試験していました。



13~14年前に旧本社工場の建て替えの為、木造工場を取り壊した際、旧技術室の床下から、直径60~70cmの大きな瓶が何十個も見つかりました。
残念ながら小判はありませんでしたが、それが何のために埋められていたか大先輩の技術者達に聞いてみたら、なんと音響を良くして、ピアノの音を鮮明にする目的だったらしいのです。



当時のピアノ技術者、職人達の情熱と執念が伝わってきそうなエピソードです。
このようにして、数え切れない程の 試行錯誤 と 経験 と 探究心 の積み上げによって、今の東洋ピアノの原型が出来上がっていったのです。



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